定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。
少し前から「Official髭男dism」にハマり、通勤時はもっぱら彼らの曲を聞いています。
何と言ってもその歌詞の一つひとつに私はやられています。
振り返ると、私が彼らを初めて知ったのはちょうど2年前の今頃。島根大学が自校のプロモーションビデオの撮影をするということで、当時大学の広報誌作成を請け負っていたので、その取材のため行くと、出演者として彼らがいました。
ただ、当時はまだインディーズのときで、私は彼らを全く知らず…島大生と高専生のグループなんだという前情報しかありませんでしたが、撮影が始まり目の前で繰り広げられる演奏を聞き、彼らに引き込まれるのに時間はかかりませんでした。
その後メジャーデビューを果たし、日に日にメディアに取り上げられる彼らを見ていると、あの当時はまさかここまでなるとは想像もできていませんでしたが、同じ島根県民として心からうれしく思っています。先日は武道館公演も果たし、今夏はNHKの甲子園中継のテーマ曲も担当していたので、大晦日の出演もほぼほぼ確定なのではないでしょうか。
PV撮影取材時、少しではありますが4人と話をしたことをちょっとした自慢として、これからも勝手に応援大使として応援していきたいと思います。
彼らが出演した島根大学のPVです。よろしければご覧ください↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=lXGkE6wqODo
(黒ラベル★)
「メガネ」と言っても、これは顔にかけるメガネではなく視点の話です。
普段見慣れた景色や、よく行っているお店、顔見知りの人の話。
自分にとっては日常で、毎回特別感を感じる訳ではない。
ただ、とっても心が落ち着く場所ではある。
そんな自分にとっては日常となっている場所や人が、いつもと違って感じることがあった。
先日、県外に住んでいる友人を連れて、自分がよく知っているお店や場所に行ったり、小高いところにある宿に泊まって気持ちの良い朝を迎えたり、様々な体験をしてもらった。
友人は、自然豊かできれいな景色、美味しい食事、素敵な笑顔で話をしてくれる地域の方々にたくさん出会える私の日常をうらやましく思ってくれた。
都会に住んでいる友人にとっては、島根の私の日常は特別感があったよう。
また、自分にとっては当たり前で気づいていなかったことを友人から教えてもらい、自分自身、島根の良さを改めて感じる機会にもなった。
日常に慣れてしまうと、少しの変化や良さに気づきにくくなったり、見えそうだったものが見えなくなったりするかもしれない。
友人が新しい視点をもって、自分に新しい気づきを教えてくれたり、島根の良さを改めて感じさせてくれたように、自分も誰かに新しい気づきや良さを伝えられるよう、常に新しいメガネで物事を見るようにしたいと思った。
(さん)
秋といえば祭りの季節!
ということで週末に地元のお祭りに行ってきました。
大きいものではなく、地域の自治体が主催している小さなものです。
とうに限界集落になってしまったわが地元。
廃校になった小学校を利用してする催されるお祭りはどんな感じなのだろうか、、、?
寂しい感じだったら嫌だなーと思いながら行ってみることに。
会場に着いてみると、、、なんと!大・盛・況!!!
子供たちも結構来ていて楽しそう。
本当にどこから出てきたんだろうってくらい人が集まってました(笑)
普段は人が少なくてさみしいとこだと思っていたけど思わぬ一面が見れました。
やっぱり地元が元気なのはうれしいですね♪
(大福)
古代の出雲の地は「鉄文化」の先進国でした。それまでの青銅器文化とは違い、硬くて強く当時最強の農具や武器として普及していきました。大陸からの技術伝播により、表日本だった当時の日本海沿岸地域にはたくさんの文化が技術者とともにもたらされてきました。
古代の書物に描かれる「肥の川」から採集される砂鉄は日本一の「玉鋼」を産み出しました。日本各地で生産されていきましたが、品質において出雲産の「玉鋼」に相当するものはできなかったようです。この製鉄作業で流れ出る赤錆で川が赤く染まり「火の川」と呼ばれたり、豊富な水量が地域の農作物を実らせたことで「肥の川」と呼ばれたりもしたようです。現在の「斐伊川」にあたります。
これに目を付けた大和王国は良質の「鉄」を生む砂鉄が豊富な「肥の川」が欲しくてたまりませんでした。
そこで「肥の川」を出雲王国から貰い受ける交渉を重ね、一本の「肥の川」を譲り受けたのが「国譲り神話」として語り継がれているのではないかと自分勝手に思い込んだりしています。
「えっ!…「肥の川」って「斐伊川」なんじゃないの?…「斐伊川」は今でも出雲の中心だよ!」という疑問にお答えしなければなりません。
もう1本の「肥の川」とは、鳥取県の西部を流れ美保湾に注ぐ「日野川」なんだろう…とこれも勝手に思っています。
古代の出雲王国は「2本の肥の川」…「日野川」と「斐伊川」の囲まれた地域から出発していった「鉄文化の先進国」ではなかったのでしょうか…。
(Friday)
高齢化が進み、多死社会へと向かう中、人生の最終段階について考える動きが広がっているようだ。
「縁起でもない話」であり、タブーとされがちだが、やはりいつその時がくるか分からないので、前もって家族に伝えておくべきだと思う。
実は私も最近子供に聞かれてドキッとしたばかり。
「お母さん、延命治療して欲しい?」
「お母さん、臓器提供は希望する?」
「お母さん、お葬式は派手にしてほしい?」
「お母さん、骨はどうして欲しい?」
などと、普通に聞いてきたのだ。
いざ聞かれるとと戸惑うし、ちゃんと考えられない自分がいた。
でも、改めて死を考えることで、人生を見つめ直すきっかけとなった。
今をどう生きるか、どう生きたいか、やはり何かを残したいと思うようになった。
人生は一度きり、生きてきた証を残したいなと。
さあ、なにをするか・・・!
(繋)