定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。
自分の着る服のアイロンがけは、自分でする。我が家のルールの1つです。
このルールは、子どもが中学生になるタイミングでスタートしました。中学生になると制服になり(小学校は私服登校)、ブラウスやカッターシャツを着るようになり、アイロン掛けが必要になってきました。主人も私も自分でアイロンがけをするので、子どもたちにも制服は自分でアイロン掛けだよ!って伝えてきました。
子どもたちは、前日の夜に、アイロンを掛け終わっている時もあれば、朝慌てて起き、着替える前にかける時もあります。ある時は、主人と交渉してアイロン掛けを頼む姿や、アイロン掛けしている主人のところに、「これもお願い!」って服を置き去る姿も何度か目にしたことがあります…お願いする言い方、前後の態度や、やり取りで主人の出方は大きく変わりますよね。
また、主人がこっそり子どもたちのブラウスやカッターシャツにアイロン掛けをしている時もあります…
さぁ、今回はどのパターンでくるか…クスクスっと1人こっそり笑って、その光景を眺めています。
先日は朝、アイロン掛けしていた上の子に下の子が、アイロンの電源切らずにつけといて!って言っているのを聞き、そこは朝の状況を見てさすがに頼むことはしないか…(笑)
(misora)
自然が豊かな島根県。ちょっと山の方に行けば野生動物ともちょいちょい遭遇します。
我が家の庭にも毎晩のように狸が現れており、いつしか観察が日課となってしまいました!
ちょうど1年前に1組のつがいが来ているのに気づき、そのうち子ども連れのファミリー5匹に。
秋には子どもたちが巣立ったのか2匹に戻りましたが、すぐに別の2組も出てくるようになり計6匹に。
(たぶん巣立った子世代がパートナーを連れてきた?)
実は子世代に1匹だけケガをしたのか成長が遅い子がいて心配していたのですが、最近になって、その子も同じような大きさのパートナーが見つかったらしく一緒に出てくるようになり一安心。
というわけで我が家は現在、計8匹(4組)の狸が行き交う『たぬきの庭』になりつつあります。
(ごくまれに狐もきます)
正直言って、これ以上増えてもたぶん識別ができません(笑)
今のところ庭を通るだけで悪さはしないので、このままそっと見守っていこうと思います。
(大福)
みなさんは宍道湖の北岸をのどかに走る一畑電車「ばたでん」をご存知ですか?
松江しんじ湖温泉駅から電鉄出雲市を結ぶ路線で、途中の川跡駅から出雲大社前へ向かう路線も出ています。
沿線には、松江イングリッシュガーデンや松江フォーゲルパーク、古代出雲歴史博物館などの施設や木綿街道や出雲大社などの歴史を感じさせる街並みなどが広がります。
ばたでんと言えばレトロ車両。
もうすぐ100歳になるデハニ50形電車が出雲大社駅に展示されています。
映画「RAILWAYS」で有名になった車両です。
さらに、雲州平田駅では週末にデハニ50形の体験運転会が開かれています。
雲州平田の車両基地や川跡の分岐など電車好きの見どころも沢山あります。
また、路線図はまっすぐなのに、方向転換をする一畑口駅も見どころの一つです。
1日フリー乗車券は乗り降り自由で1,600円
古代出雲歴史博物館の常設展入場券とセットで1,800円のきっぷもあります。
沿線グルメや雲州平田、出雲大社周辺を散策してみませんか?
(ビッケ)
今年はカメムシが大発生していて、ホームセンターの殺虫剤コーナーの
売上も去年と比べて70倍、80倍の売り上げだとか。
私は虫が大の苦手で、虫に会わない地域を選んで住んでいるのですが、
先週末今まで見なかった緑色のカメムシが網戸にたくさんいるのを発見…!
とても恐怖を覚えました。
照明に寄ってくるので、虫を誘因しないLEDに交換される対策される方も
おられるようです。
移住者された方々からも虫に関わる相談、困りごとをよく聞きます。
島根は自然豊かな地域なので、そこを求めて移住されるのですが、山林、
田畑が近いので虫との遭遇は避けて通れません。
都会地からの地方移住については、田舎暮らしに夢や希望を描いておられる
ケースが多いので、実際の生活環境とのギャップが産まれないようリアルな
ところをお伝えしています。
鳥のさえずりで目覚める幸せ感、またカエルの大合唱で眠れないという事も
ありますので、島根移住には虫との共存について理解が必要かもしれません。
(繋)
6年前の春、その青年は農業法人に勤務したいと、直接財団に電話をくれた。
そこから、やり取り開始。
4か国語を操り、海外にも飛び回っている青年だった為、他の業界も含め、企業見学を実施。本人が選んだのは、ほぼ高齢者ばかりの農業法人だった。
理由は「ご年配者が多いから」・・・意外な答えだった。
人生の大いなる先輩は、その土地の文化・伝統を重んじ、知識を豊富に持っている…
なるほど。
農業の経験は多少なりともあったが、日本の農業は初めて。それでも、6年経過して、彼は法人代表の右腕になるほど成長した。プライベートでも、郷土文化である茶道を学び、財団が主催するイベントでも、移住の先輩として私達のようなサポーターとして活躍してくれていた。
その彼が、先日、島根を去った。
島根が嫌いになった訳はない。仕事が嫌になった訳でもない。
後ろ髪を引かれる思いだったはずだ。それでも、「自分の人生。自分で決めました」とスッキリとした笑顔で、最後は深々と頭を下げて去って行った。
題名は彼が残した言葉。
きっと、故郷で島根の種を蒔いてくれる事だろう。
そして、黄金色の稲穂が見える頃、可愛い2世とのスリーショットを送ってくれるはず。
6年間ありがとう。そして、新しい家族と共にこれからもよろしく!
『しじみ汁を飲みながら、島根を想っています』と今朝、連絡が来た。
(とんぼ)