スタッフのひとりごと

定住財団スタッフの日々のつぶやきをお届けします。

Diary

2021-12-22 伸びしろ

おおむね8割方、憂鬱な要素で構成されている、毎年の健康診断。その中で唯一、明るい出来事だったのが、身長が伸びていたこと、でした。

2年連続の伸長により、152㎝台だった私の身長は、見事153㎝台に仲間入り。大きなくくりの中では、「ちび」の枠組みから変わることなく、はた目には何も変わりません。が、自分自身にとっては、「縮む」のでなく、「伸びた」こと、そのことが、何よりうれしい事実でした。

人生もいつの間にやら約半世紀。記憶力やら、体力やら、いろいろなものが下に向かっていこうとするのに必死で抗い、しかし抗いきれない日々の中で、諦めることが上手になっていく自分を感じることもありました。

そうした諦観に流されがちな自分の中に、まだ、わずかであっても「伸びしろ」はあるんだと、身長の数値が、ふと、教え諭してくれているように思いました。

足踏みしながら焦燥感や不安感にかられる日があったとしても、諦めなければ、歩みを止めなければ、どこかに「伸びしろ」はある。のだと、信じたい。

周りと比較して、ではなく、昨日の自分と比較して。坂道を下るだけでなく、上っていこうとする気持ちを、持ち続けたい、と思います。

(でんでんむし)

2021-12-21 一陽来復

12月といえば、冬至

今年の冬至は12月22日。

 

穴八幡宮のお札をもらいに行く日です。

冬至の朝、始発電車に乗って早稲田で下車、徒歩3分で到着

長蛇の列!

およそ2時間ならんで一陽来復のお札をいただきます。

とても寒くてカイロを身体中に貼っていきます。大変ですが、このお札を頂かないと歳が越せません!!

 

なんのお札でしょう

一年で一番昼間の時間が短い“冬至”を境に、日が一日一日と長くなっていくことを、中国の易の言葉で「一陽来復(いちようらいふく)」と言います。

「陰極まって一陽を生ずる」「よくない事の続いた後に、良い事がめぐって来る」という意味の言葉です。

 

穴八幡宮から授かった一陽来復の御守り・お札をその年の定められた恵方に向けて、冬至(12月22日)、大晦日(12月31日)、節分(2月3日)のいずれかの深夜0時にお祀りするとお金繰り(金銀融通)が良くなるといわれていて、商売繁盛・金運上昇のお守りとして大変人気があります。

今年も早起きして頑張りまーす!


20211221_0.jpg

(まーたん)

2021-12-20 価値

自分にとっては大したものじゃなくても、人から見ると貴重な物だったりすることがあります。

 

最近、家の中の物を少しずつ整理をしていこうと思い、

昔から保管してあるもの(保管と言うより投げっぱなしのもの)を出してまとめているのですが、

ある古いパソコンが、ゲームソフトや情報誌付きで出てきました。

 

30年前のパソコンなので、まさか起動すまいと思い、何十年ぶりかに電源を入れたところ・・・

当時と変わらず普通に起動しソフトも使えました。

 

しかし、さすが30年前。音楽はレトロで味があると言えなくもないのですが、グラフィックはさすがに酷い。

電源を入れると、あの頃の気持ちが蘇り、懐かしい気持ちにはなりましたが・・・

これから使うことはないですし、まあ、さすがにもうゴミだよな・・・とは思いつつ、

念のため、「メルカリとかだとどのくらいの相場だったりするんだろう」

と検索してみると、ほぼ同じ内容のものが見つかりました。

 

が、・・・ななな何と!こんなものがそんな値段で取引されているの!?

30年前の定価以上の値が付いておりますがな!

いや、状態によってはどえらいことに・・・

 

どうやら、現存機で動くものはかなり貴重なようで、僕にとってはすでに価値がないものですが、

探している人には当時以上のお金を払ってでも手に入れたい物のようです。

 

大変驚きました。価値って人それぞれだなと、改めて感じました。

ということがあったのですが、このことを通してこうも思いました。

もしかしたら個人に対しても言えるのかもしれないと。

 

例えば私は周囲の人に比べると能力がなく、これといった物もなく劣ったものばかりの人間で周囲に申し訳ないなと、

受け入れてもらえるだけありがたいな、そう思って生きておりますが、

実は、他の人からすると実は価値があって、手に入れたい人なのかもしれません。

と、自分に都合の良い想像を巡らしてみると・・・

このパソコンがまるで自分のように思えて来ました。

このパソコンは値段じゃなくて、本当に欲しがって大事にしてくれる人に渡すことにしたいと思います。

(つかさ)

2021-12-17 傾聴の大切さ

長年、肩こりや首の痛みに悩まされている私。コロナ禍で中断していた整体に、最近また通いだした。

個室ではなく、何人もが並んで施術を受ける形態なのだが、患者さん達、仕事の話からプライベートの趣味の話までよく喋る(マスクは着用しています)。施術よりもおしゃべりを目的に来ているのではないかというくらいである。先日は美容院でも同じ現象が起きていた。

かくいう私自身も、リラックスした体に優しい先生となれば、知らず知らずのうちに余計なことまで話してしまう。帰り道には心も体もすっきり。

自分を受け入れてくれる場所で、「自分の話に耳を傾けてもらうこと」がこんなにも心地良いものなのか。普段は人の相談を受ける機会が多い分、改めて傾聴の大切さを思い知らされた。

(R)

2021-12-16 マスク着用、およびソーシャルディスタンス

新型コロナの感染状況は落ち着きはあるものの第6波の心配される昨今である。

 

感染防止としてのマスク着用については、街を歩いていても、電車に乗っていても殆どの方が、互いに感染させないため(相手に移さず、また自分を守る意味でも)着用している。

 

只、中には着けずに堂々としている方、特に男性がいる。

 

勇気を出して声掛けもしたいところだが、何を言い返えさせられ、何をしでかされるか分からない世の中なのでそっとしてしまっている自分がいる。

 

またソーシャルディスタンスについて言えば最早ディスタンスなど殆ど取られていない状況に変わりつつある。

 

ソーシャルディスタンスは兎も角、いつまでマスク着用が続くのか全く分からず、早く元のように戻って欲しいものと思もっているのは自分だけではないと思う。

(0467)

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